イラスト:石田 光和(エム・プリント)
盆、正しくは盂蘭盆(うらぼん)、精霊会(しょうりょうえ)ともいう。7月13日が入りで初日であるが、実は7日が初まりであった。その日の夕方、やがて訪れる先祖霊に献ずるため、あらかじめ水辺にかけて置いた棚の上の機(はた)で布を織る。それが7月7日の夕方に行われることから七夕と書いて「たなばた」というようになった。
それから精進潔斎すること7日間、いよいよ祖霊が常世波(とこよなみ)に乗って訪れると、本格的な盆行事に入ることになる。これが日本の七夕信仰であったが、中国から牽牛(けんぎゅう)と織姫神話が移入されると、七夕は星祭りの要素が強くなる。
さらに、ねぶり流し(睡魔を祓い流し、無病息災を祈願する俗信)の行事がつく。
あるいはまた、伊勢信仰が流行する江戸後期になると伊勢神楽が重なり、二重三重の層をなし、本来のたなばた信仰がまったく失われてしまった。
たなばたがわが国古来の神道、仏教に結びつく証拠の一つは供物でもわかる。すなわち、その日には鯖(サバ)を供える習慣であった。あの魚の鯖だ。なぜ鯖なのかであるが、元は豊受大神(とようけのおおかみ/稲荷大明神)へ供える神饌(しんせん)を産飯(さば)と言ったことに起因する。それがやがて寺院の食物になると、盆には鯖を蓮の葉に包み、盆鯖と称して菩提寺などに届けるようになる。
岩船では、葬家の家の前に小さな棚を設け、その上に餓鬼に施す握り飯をあげる風習があり、それを「サバ」と呼んでいた。すなわち施餓鬼供養(せがきくよう)の供物である。
そういえば岩船の七夕丸の行事は、舟で彼岸(ひがん)と此岸(しがん)を渡海するもので、日本の原初の信仰形態を伝えていて貴重なものだ。
大場喜代司
『むらかみ商工会議所ニュース』
(2008年7月号掲載)村上市史異聞 より