城下町村上 寺社の由来
城下町村上 歴史の息吹が甦る
2012年3月4日

真光山(しんこうざん) 経王寺(きょうおうじ)


創立は貞和(じょうわ)五年(一三四九)開山は日蓮上人の孫弟子日住(にちじゅう)上人である。最初日住は経王寺を西蒲原角田に開いた。その後、永禄年間(一五五八~六九)猿沢に移り、慶長年間(一五九六~一六一四)に村上城下に移り、今日に至っている。


村上城主が松平直矩(まつだいらなおのり)のとき(一六四九~六七)には、直矩の父直基(なおもと)の母品量(ひんりょう)院と、直矩の母永寿(えいじゅ)院の位牌所にされていた。松平家の姫路転封に伴い、分れて一寺は姫路へ移る。姫路での寺号は永寿寺である。境内に大名間部(まなべ)家の家老勢家市右衛門(せいけいちうえもん)が父母の菩提のために建立した五輪塔が現存する。俗に寺町の大寺といわれている。




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ただし、朱印帳にそのとき記入押印して提供するか、予め作成した用紙で提供するかは、その時々により異なります。



日蓮宗 新潟県村上市寺町3-32


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